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三菱一号館美術館 公式ブログ 当館のイベントの様子や出来事をお知らせしていきます。

2019年1月22日

埋もれた巨匠を発掘!④:フアン・グリス(後編)

皆様、こんにちは。
本日は、前回に引き続き、フアン・グリスを発掘していきます。

-安井学芸員、今回展示されている作品、《新聞のある風景》について教えてください。

フアン・グリス 《新聞のある静物》 1916年 油彩/カンヴァス 73.7 x 60.3 cm

はい。明るい部分と暗い視点、横から見た場合と、上から見た場合の視点の違いなど、色々な形を複雑に組み合わせているけれども、新聞と言うリアルなものも描いていることから、総合的なキュビスムという特徴がとてもよく表れている作品だと思います。

そして理性的な色彩!
「バランスと緊張感」はフィリップスが最も好んだ要素でもありますね。

―色の種類はそれほど多くないですよね。

キュビスムは、色の種類を増やすよりも立体に対する造形的な関心の方が強かった。しかしながらグリスの場合、グレーや茶色と言った色味だけでなく、黄色・緑と言うような、空間の中でアクセントとなる色を使うのも特徴かと思います。
この作品もそうですが、とてもおしゃれな印象になりますよね。

グリスってやっぱり スペイン人だなと思う時があって。フランス人なんかと比べても静物画が好きなんです。
当館で開催した「プラド美術館展」との時にもご紹介したようにスペインには「ボデゴン(bodegón)」という種類の静物画が昔からあります。シャルダンなんかのフランス流の静物画とはちょっと違うリアルな表現なんですが。

この作品では、写実的な面と抽象化されたものがバランスよく描かれています。リアルに影をつけている部分と、簡単に還元され、省略されているところの対比。レモンも、本物っぽく色をつけているかと思えば、わざと途中で色を塗るのをやめていたり、そういったバランス感覚が、グリスの静物画の魅力的な部分だなと感じるんです。
そして、そんな視覚言語の心地よさ、あるいは「ぱっと」見たときの気持ちよさと言うものを、言葉で表現することの難しさをフィリップスさんは感じていたと思います。解っていたからこそ、新しくコレクションに迎えようとしている作品を、自分の既に持っている作品と一緒に並べて、どのように感じるかを常に意識していました。
実際にコレクションと並べて、感覚的にしっくりくるものを加えていったんですね。そのテストに合格したので、グリスを購入したんだと思います。ちなみにフィリップスさんは、この作品を購入するまで、グリスの作品は買っていなかった。

ピカソとブラックは1927年に、青の時代の作品や《奇術師の彫刻》なんかを買ったりしているんですけど。グリスとはそれまでご縁がなかったんではないでしょうか。

そして、本格的なキュビスムの作品は、彼のコレクションに足りなかった部分だったんですね。フィリップスさんもそのあたりは理解しており、蒐集家としては無くても問題ないのですが、美術館の館長としては運営戦略を考えたときにも、この作品が必要だと判断したのではないでしょうか。

―グリス《新聞のある風景》は、カンペンドンクよりも先に買っているんですね。

はい。この作品は死後に寄贈されたものではなく、前の所蔵者のキャサリン・ドライヤーが生きているときに買ったものです。

繰り返しになりますが、ダンカン・フィリップスはとても不思議な蒐集家ですよね。
ある程度コレクションが進んだ段階で、ちゃんとコレクションの分析をして、自分のコレクションの中で、足りない部分を認識していろいろなタイミングで作品を追加しています。
また、重要なタイミングで偶然が重なり、キャサリン・ドライヤーとデュシャンが運営していた「ソシエテ・アノニム」が資金調達をする関係で、ドライヤーから作品を購入していますけれども、そのことがきっかけとなって、フィリップスに一部寄贈してほしいと言う彼女の遺言が出てきたりもしています。

しかしながら、カンペンドンクの作品が加わった経緯の時にもお話ししましたが、フィリップスさんはその中から「選ばせてくれ」と主張して、全ては受けとりませんでした。その時に選んだ作品がたまたまドイツの表現主義であったり、青騎士の画家であったり、彫刻であったりとかするんですね。
まさに、自分のコレクションに欠けていたものを絶妙なタイミングで後から埋めていきました。ちなみにフランツ・マルクについては、もともと欲しかったようですけれど。

フィリップスさんはこだわりの強い蒐集家でした。しかし、開かれたマインド、懐の深さといったものが、彼が晩年になっても保たれています。自分の感受性として、この作品であれば、コレクションに入れても良いという思いと、美術館の館長として、今のコレクションに欠けているものを判断するバランスが面白いところではないかなと思いますね。

最後に、《新聞のある風景》を展示する時の裏話をご紹介しましょう。
作品として、の黒に白がとてもよく効いているところが、偶然の一致にしてはよくできていたので、モディリアーニの《エレナ・パヴォロスキー》と、グリスの《新聞のある風景》を並べようかなと思ったんですけれども、展示作業の際、フィリップス・コレクション側との調整で残念ながらなくなりました。
ちなみに、図録ではモディリアーニの《エレナ・パヴォロスキー》とグリスの《新聞のある風景》が見開きで並んでいるので、見比べて楽しんでみてください!


アメデオ・モディリアーニ 《エレナ・パヴォロスキー》1917年 油彩/カンヴァス 64.8 x 48.6 cm

安井さん、どうも有難うございました!
ぜひ実際の作品をご覧になって、グリスの魅力を堪能してみてください。

さて、次回はオスカー・ココシュカを取り上げます。
どうぞ、お楽しみに。


「フィリップス・コレクション展」
◆会期:2018年10月17日(水)〜2019年2月11日(月・祝)

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埋もれた巨匠を発掘!④:フアン・グリス(後編)

皆様、こんにちは。
本日は、前回に引き続き、フアン・グリスを発掘していきます。

-安井学芸員、今回展示されている作品、《新聞のある風景》について教えてください。

フアン・グリス 《新聞のある静物》 1916年 油彩/カンヴァス 73.7 x 60.3 cm

はい。明るい部分と暗い視点、横から見た場合と、上から見た場合の視点の違いなど、色々な形を複雑に組み合わせているけれども、新聞と言うリアルなものも描いていることから、総合的なキュビスムという特徴がとてもよく表れている作品だと思います。

そして理性的な色彩!
「バランスと緊張感」はフィリップスが最も好んだ要素でもありますね。

―色の種類はそれほど多くないですよね。

キュビスムは、色の種類を増やすよりも立体に対する造形的な関心の方が強かった。しかしながらグリスの場合、グレーや茶色と言った色味だけでなく、黄色・緑と言うような、空間の中でアクセントとなる色を使うのも特徴かと思います。
この作品もそうですが、とてもおしゃれな印象になりますよね。

グリスってやっぱり スペイン人だなと思う時があって。フランス人なんかと比べても静物画が好きなんです。
当館で開催した「プラド美術館展」との時にもご紹介したようにスペインには「ボデゴン(bodegón)」という種類の静物画が昔からあります。シャルダンなんかのフランス流の静物画とはちょっと違うリアルな表現なんですが。

この作品では、写実的な面と抽象化されたものがバランスよく描かれています。リアルに影をつけている部分と、簡単に還元され、省略されているところの対比。レモンも、本物っぽく色をつけているかと思えば、わざと途中で色を塗るのをやめていたり、そういったバランス感覚が、グリスの静物画の魅力的な部分だなと感じるんです。
そして、そんな視覚言語の心地よさ、あるいは「ぱっと」見たときの気持ちよさと言うものを、言葉で表現することの難しさをフィリップスさんは感じていたと思います。解っていたからこそ、新しくコレクションに迎えようとしている作品を、自分の既に持っている作品と一緒に並べて、どのように感じるかを常に意識していました。
実際にコレクションと並べて、感覚的にしっくりくるものを加えていったんですね。そのテストに合格したので、グリスを購入したんだと思います。ちなみにフィリップスさんは、この作品を購入するまで、グリスの作品は買っていなかった。

ピカソとブラックは1927年に、青の時代の作品や《奇術師の彫刻》なんかを買ったりしているんですけど。グリスとはそれまでご縁がなかったんではないでしょうか。

そして、本格的なキュビスムの作品は、彼のコレクションに足りなかった部分だったんですね。フィリップスさんもそのあたりは理解しており、蒐集家としては無くても問題ないのですが、美術館の館長としては運営戦略を考えたときにも、この作品が必要だと判断したのではないでしょうか。

―グリス《新聞のある風景》は、カンペンドンクよりも先に買っているんですね。

はい。この作品は死後に寄贈されたものではなく、前の所蔵者のキャサリン・ドライヤーが生きているときに買ったものです。

繰り返しになりますが、ダンカン・フィリップスはとても不思議な蒐集家ですよね。
ある程度コレクションが進んだ段階で、ちゃんとコレクションの分析をして、自分のコレクションの中で、足りない部分を認識していろいろなタイミングで作品を追加しています。
また、重要なタイミングで偶然が重なり、キャサリン・ドライヤーとデュシャンが運営していた「ソシエテ・アノニム」が資金調達をする関係で、ドライヤーから作品を購入していますけれども、そのことがきっかけとなって、フィリップスに一部寄贈してほしいと言う彼女の遺言が出てきたりもしています。

しかしながら、カンペンドンクの作品が加わった経緯の時にもお話ししましたが、フィリップスさんはその中から「選ばせてくれ」と主張して、全ては受けとりませんでした。その時に選んだ作品がたまたまドイツの表現主義であったり、青騎士の画家であったり、彫刻であったりとかするんですね。
まさに、自分のコレクションに欠けていたものを絶妙なタイミングで後から埋めていきました。ちなみにフランツ・マルクについては、もともと欲しかったようですけれど。

フィリップスさんはこだわりの強い蒐集家でした。しかし、開かれたマインド、懐の深さといったものが、彼が晩年になっても保たれています。自分の感受性として、この作品であれば、コレクションに入れても良いという思いと、美術館の館長として、今のコレクションに欠けているものを判断するバランスが面白いところではないかなと思いますね。

最後に、《新聞のある風景》を展示する時の裏話をご紹介しましょう。
作品として、の黒に白がとてもよく効いているところが、偶然の一致にしてはよくできていたので、モディリアーニの《エレナ・パヴォロスキー》と、グリスの《新聞のある風景》を並べようかなと思ったんですけれども、展示作業の際、フィリップス・コレクション側との調整で残念ながらなくなりました。
ちなみに、図録ではモディリアーニの《エレナ・パヴォロスキー》とグリスの《新聞のある風景》が見開きで並んでいるので、見比べて楽しんでみてください!


アメデオ・モディリアーニ 《エレナ・パヴォロスキー》1917年 油彩/カンヴァス 64.8 x 48.6 cm

安井さん、どうも有難うございました!
ぜひ実際の作品をご覧になって、グリスの魅力を堪能してみてください。

さて、次回はオスカー・ココシュカを取り上げます。
どうぞ、お楽しみに。


「フィリップス・コレクション展」
◆会期:2018年10月17日(水)〜2019年2月11日(月・祝)

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